コンサルタント・アイ 103号

『低コンテクスト社会で過ごしてみて』
先週夏休みを利用してアメリカに旅行に行って参りました。
英語力もままならない私ですので、案の定、言葉が通じずに様々なハプニングがありました。スターバックスに行った際、オーダーしたものにクリームを入れないでくれと言ったのにクリームが入ってでてきた序の口、遊びに行った湖でfryとflyを聞き間違えて、せっかく水上飛行機に乗る提案をしてくれたのを断ってしまい後で後悔したりと、今思い出しても笑える失敗をたくさんしてきました。
日本は以前から高コンテクスト社会と言われています。高コンテクストという言葉は耳にされた事は有るかと思いますが、要するに相手の年齢や立場などからおおよそ相手の気持ちや趣向などを察して、言葉がなくても「あ・うんの呼吸」で相手を理解する社会です。例えば、外に食べ行って特にこちらから注文しなくても、ビールが出され、その日に仕入れた美味しい魚が出てくる、などといった昔ながらのお話はまさしく高コンテクスト社会の典型例ではないでしょうか。
一方アメリカは皆様ご承知の通り低コンテクスト社会です。異文化が混ざり合った社会では、自分が何をしたいのか、何が嫌いなのかをはっきり言葉と態度で示さなくては相手には理解されません。ホテルのレセプションの方と受け答えだけしていてもこちらの気持ちは伝わりません。会話をして初めて、どんな朝食を食べたいのか等こちらの要求を伝えることが出来るのです。レストランで美味しいステーキを食べた際、お腹一杯で残してしまっても、ドギーバッグで持ち帰る事を要求しなければ、こちらの思いは決して相手には伝わりません。そんな当たり前の文化的背景をやはり今回の旅行でも様々な場面で強く感じたのでした。英語力の問題も当然ありますが、やはりそれだけではありません。旅行に行くたびに感じますが、高コンテクスト社会に慣れきった私には、やはり低コンテクスト社会は疲れるな~という気持ちになるのです。国によっても違い比較的アジアなどは日本に近いコンテクストのような気がしますが皆様いかがでしょう。
尤も、最近では日本もMailはじめTwitterなど相手の表情、しぐさ、声のトーンなどを確認できない状況でコミュニケーションをとる事が多くなりました。そこには言葉のうらを読み取る状況(コンテクスト)はほとんど存在しません。そういう意味では日本も高コンテクスト社会から少しずつ脱皮する傾向があるのかと思うのですが、実際はまだまだ非常に強くこのコミュニケーション傾向は残っていると思います。
もちろんこの高コンテクスト社会が悪いと言っているのではありません。
むしろ日本人の良さとも言え、日本人の最大の武器と言えるものではないでしょうか。相手のことを理解して思いやり、気遣いをする日本の伝統はやはりいつまでも大切にしていきたいと感じます。
ただやはり今の社会、高コンテクスト社会だからと言って価値観がみな同じとは限りません。また実際のビジネスシーンでは年齢も経験も様々な方が一緒に働いています。同じことを伝えたつもりでも、ある人には「あ・うんの呼吸」で伝わり、別の人には180度違った意味で伝わってしまう事もあります。
そこで、そのような中だからこそ、高コンテクストと、低コンテクストの両方を意識して行動してみることをお勧めします。
暑い真夏に会社までお越しになったお客様に対して、相手の状況を思い、氷の入った冷たいお飲み物を量を多めにして出してみる。そして態度だけでは伝わらない部分も意識し、暑い中お越し下さった事に対してお礼の一言を声に出して伝える。
毎日夜遅くまで残業している部下に対して、部下を気遣い労いの言葉をかけるとともに、仕事上で問題になっている所がないか会話して聴きだす。
これらの「相手の状況を察すること」「相手に直接届く言葉を伝える」といった両輪が上手く働くことによって職場のコミュニケーションも格段に上がりますし、私達にはそれが出来ると思います。
そう言えば、低コンテクスト社会のアメリカで、日本に帰国する日、ホテルからスーツケースをひき、駅までバスで向かう私達。バス停でクレジットカードが上手く作動せずにチケットを買えない私達に運転手さんが声をかけ、「トレイルに乗って空港まで行くんでしょ?チケットいいから早く乗って!」と親切に声をかけて頂いたことは、今回の旅でうけた親切のほんのひとつに過ぎません。
なんだ・・・相手の状況を判断し、思いやりの気持ちを持っているのは日本人の専売特許ではなさそうです。ならば、私達も高コンテクストの社会に浸ってばかりもいられません。これからも益々コミュニケーション能力を磨かないといけないですね!(中山知美)









